著者は1969年生まれのハイチ系アメリカ人女性作家。
本書収録の10の短篇はすべてハイチを舞台に、
あるいはアメリカのハイチ移民を主人公にしている。
独立以来現在まで続くハイチの不安定な政情やそれに伴う貧困を背景にした、
悲しい物語が多い。
特に前半には衝撃的な作品が続く。
「海に眠る子供たち」は、アメリカ行きの船の中の少年とハイチに残った少女が、
決して相手に届くことのない内的な想いを言葉にして、
身辺で起きたできごとや相手への恋心をあたかも文通のように交互につづる。
「火柱」は3人家族の物語。
貧しさにあって誇りを保てず苦しむ夫と、
学校の芝居でハイチの伝説の英雄を演じることになり張り切る息子と、
やさしい妻であり強い母である女性。
3人におとずれる束の間の平和と悲しい結末。
そし
て、本書中最もショッキングな作品ともいえる「ローズ」は、
可愛らしい捨て子を見つけ、持ち帰ってローズと名づけ慈しむ、
ある家政婦の物語だ。
平和な雰囲気をたたえた作品もある。
「夜の女」は幼子のいる娼婦の、ある夜のおだやかな心をつづったもの。
「永遠なる記憶」は、フランスから来た女性画家と少女の交流を、
少女の性徴を絡めて描くさわやかな作品である。
時代背景を異にする各短篇は、それぞれが作品として独立してもいるが、
同時に他の短篇との歴史的なつながりをゆるやかに有してもいる。
読者は読み進めるうちに、各物語から受ける個別の印象がやがてさらに大きな印象へ、
連綿と続くこの国の苦難の歴史の流れのようなものへと姿を変えていくことに気づくだろう。