Y:(ジャンル)文化、民俗

『ファムファッション—輝く女優たちの装い』 Banana Boat Crew (編集)



「何か良いことがあるように、いつも赤いものを身につけているの」
ソフィア・ローレン。
「容姿に気をつかえば、女は20歳は若くなれる」
マレーネ・デート リッヒ。
「口紅とマスカラは服のようなもの。素敵な服と同様に…」
マリリン・モンロー。
他にもオードリー・ヘプバーン、カトリーヌ・ドヌーヴ、
ジェーン・ バーキン、ジーン・セバーグ、ツィギー、
アヌーク・エーメ、ブリジット・バルドーら
輝く女優達の言葉をおしゃれのヒントに!


秘蔵写真も満載の好評シリーズ 第6弾。

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『シニフィアンのかたち—一九六七年から歴史の終わりまで』 ウォルター・ベン マイケルズ (著)



  なぜ文明は衝突しなければならないのか、
9・11が完成させたポストモダンな世界とはなにか。
文学研究の最先端から、
ポスト歴史主義とアイデンティティを批判しながら、
現代アメリカの文学、芸術、思想を縦横無尽に批評する。

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『ブラック・アトランティック—近代性と二重意識』 ポール ギルロイ (著)



  黒人音楽が流通し、
黒人思想家たちがヘーゲル、ニーチェ、フロイトなどの
西洋批判理論と相対しながら旅してきた軌跡を辿り、
奴隷制以降の黒人の抵抗と自立の歴史を
ナショナリズム的なパラダイムを超えた視点から考察する。    

ポール ギルロイ -Wikipedia


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『モダニズムとハーレム・ルネッサンス—黒人文化とアメリカ』 ジュニア,ヒューストン・A. ベイカー (著)



アメリカ黒人の芸術家や知識人が
小説・詩・音楽・絵画などさまざまな文化表象の分野で
おおいに活躍した1920年代のハーレム・ルネッサンスから、
アメリ カ黒人文化の原風景を遡る。
「ミンストレル・ショー」やブルースについて縦横に論じつつ、
随所に自伝的要素ももりこみながら
「もうひとつのアメリカ文化 史」を描き出す。
ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアとならぶ
黒人研究者・文学理論家の日本初訳。


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『美のイデオロギー』 テリー・イーグルトン (著)



  「美的なもの」をキーワードに、
近代西洋思想・哲学における「美的」言説の全容を、
批判的かつ挑戦的にまとめた評論集。
今や世界認識、倫理、政治にまで深く関わってくる
「美」の思想を縦横無尽に斬る。    

テリー・イーグルトン -Wikipedia

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『中森明菜 歌謡曲の終幕 』平岡 正明 (著)



  売れるCDやタレントはいるが、はやる唄がない。
流行歌がない。
日本歌謡史上はじめての現象である。
1989年の中森明菜が鍵だった。
美空ひばりが死に明菜がカミソリを握ったその年—。
歌謡曲と女王、そして時代について。    



平岡 正明 -Wikipedia



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『大道芸および場末の自由』 平岡 正明 (著)



  港ヨコハマ野毛。
解放の路地に咲く大道芸を軸に、様々な人間の喜怒哀楽が綾なし、
あらゆる芸術が交響する町。
場末ならではの美を備えた港町に、庶民文化の黄金時代を垣間見る



平岡 正明 -Wikipedia





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『珍世界紀行 』都築 響一 (著)



骸骨寺で骨の匂いを嗅ぐ。
秘密警察本部に隠された拷問部屋の暴力におののき、
王が溺愛した瓶詰め奇形児にメランコリーの極みを、
アマチュア剥製師の怪作に 情熱の深さをかいま見る。
あからさまなセックス・ミュージアムに呆れ、
アウトサイダーの宮殿で狂気のチカラに震える。
ひたすら暗く、ひたすら激しいヨー ロッパ的感性の地下水脈を探しに、
モスクワからシチリアまで、
グラスゴーからプラハまでを縦横に駆けめぐる。
取材10年、99ヶ所を踏破した珍名所巡礼の 記録。

都築 響一 -Wikipedia



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『問いかけるファッション—身体・イメージ・日本 』成実 弘至 (編集)



  われわれの身体とアイデンティティに深く関わるメディアであるファッション。
服飾、化粧、身体装飾、雑誌や広告のイメージなど、
様々なファッションの中に潜む問題を明らかにする。    

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『マッカーサーが帰ってきた日—テレビはアメリカ占領軍が埋めた地雷か 』平岡 正明 (著)



主革命は、むしろ日本支配を押え直す史上最大のイヴェントにほかならなかった。
それはまた、日本占領軍が撤退するにあたってラジオ・テレビを
忍者・草のご とく埋めていったアメリカの戦略の開花ではなかったのか。
マッカーサーは、テレビという仕掛けの開花においてみごとに蘇ったのだ!
特有の歴史観の上に、
み ごとに日本メディア社会の本質を浮かび上がらせた平岡正明ならではの、
もっとも個性的なテレビ論の登場!



平岡 正明 -Wikipedia


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『滑稽漫画館 』宮武 外骨 (著)



奇人でもあり変人でもある明治のジャーナリスト宮武外骨の
奇想天外な戯画の数々を、当時の「滑稽新聞」から集めた過激なパロディ集。
現代マンガを凌駕する恐るべき発想と爆弾的表現、そしてナンセンスの嵐。



宮武 外骨 -Wikipedia



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『匂いの魔力—香りと臭いの文化誌 』 アニック ル・ゲレ (著)



  中世ではペストの原因は「臭い」だと信じ芳香で予防していた! 
神話、宗教、魔術、セックス、誘惑、心理、階級、薬学、セラピー、超自然……
「生命の原理」と分ちがたい芳香物質の歴史をひもときながら、
匂いに潜む力の秘密に迫る。    

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『日本人の死のかたち 伝統儀礼から靖国まで 』波平 恵美子 (著)



日本人は、「死」「遺体」「霊」をどのようなものととらえてきたのだろう。
「葬送」「野辺の送り」など、
かつて多くの地域で行われていた伝統的な死者儀礼 はもはや見られなくなったが、
古来、日本人は「死者」という存在を信じ、死者への働きかけ、
語りかけによって、その「霊」を祀ってきた。
近代日本がいくつ もくぐってきた戦争という極限状態のなかで、
「霊」はどう扱われたか。膨大な戦争手記、県史を読み解き、
自らの死の瀬戸際で仲間を弔おうとする兵士たち と、
死者の霊を統合・管理して靖国へと導いた国家の姿を浮き彫りにする。

波平 恵美子 -Wikipedia



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『ヘア・カルチャー—もうひとつの女性文化論 』グラント マクラッケン (著)



  モンローからマドンナ、エリザベス女王からサッチャーまで、
映画、テレビ、ファッション、雑誌、音楽、政治の世界を渉猟しながら、
髪のスタイルと色の持つ意味とメッセージを読み解く、新しい女性文化論。


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『猥褻風俗辞典』 宮武 外骨 (著)


  古来の風俗用語およびその解説を、
主に宮武外骨の「売春婦異名集」「猥褻廃語辞彙」「面白半分」から抜粋し、
現代仮名遣いに改めたもの。
排列は用語の五十音順。
—遊女と色気の用語集。痛快で皮肉で真面目な、古来の隠語の数々。      




宮武 外骨 -Wikipedia



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『神と仏の間 』和歌森 太郎 (著)



お地蔵さんとは何者なのか?
なぜ幕末に「えゝじゃないか」が大流行したのか?
歴史学+民俗学で、日本人の複雑な宗教意識を読み解く

自 然神から祖先信仰へ。
神代と記紀神話の成立。
仏教と民間信仰の融合。
山岳信仰と修験道の展開。
古代日本の神概念から神仏習合を経て形成された、
この風土に 特殊な精神文化の諸相である。
お地蔵さんとは何者なのか。
なぜ幕末に「えゝじゃないか」が大流行したのか。
歴史学に民俗学を重ね合わせて、日本人の複雑な 宗教意識を解読する。


和歌森 太郎 -Wikipedia

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『面白半分』  宮武 外骨 (著)



奇人として有名な明治のジャーナリスト宮武外骨の、
面白半分・真面目半分のエッセイ集。
馬鹿とは何か、生理学上の難問題、悪の勧め、遊女と色気などのテーマで、
その天才性と信じがたい超絶ぶりを発揮している。

宮武 外骨 -Wikipedia

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『表象としての身体 (叢書・身体と文化)』 鷲田 清一 (編集), 野村 雅一 (編集)



身体はたえず抽象化され、隠喩化されてきたために
何がその第一次的な機能かわからないほど豊かな意味の世界が見いだされる。
この身体が、さまざまな文化 のなかでどのように解釈され、表現されてきたか。
そのありようを第一線の研究者たちが丹念にあぶり出す。
「叢書・身体と文化」、10年の歳月をかけ、つい に完結!

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『コミュニケーションとしての身体 (叢書・身体と文化) 』菅原 和孝 (編集), 野村 雅一 (編集)



身体相互間のたえまないコミュニケーションこそが
人間のアイデンティティの核をなしている。
身体は社会関係の真に実質的な基盤であるばかりでなく、
制度や 規範の雛形をもかたちづくる。
日常生活を支配する不可視のポリティクスをとりえなおすためにも
身体に脈打つ豊かな感覚=意味を回復することが切に求められ ている。
本書では、身体の原初的な交感能力からはじまって、
社会・文化的脈絡のなかで身体がおびる儀礼性・象徴性にいたるまで、
コミュニケーションとして の身体の多彩なはたらきを描き出し、
それらをつらぬく秩序と構造を解明する。


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『技術としての身体 (叢書・身体と文化)』 野村 雅一 (編集), 市川 雅 (編集)



  身体は、生まれながらに与えられたものではなく、
文化的に形成されるひとつの根源的技術、しかけである。
本巻では人間の感覚の様態そのものからはじめて、
身体技術のさまざまな断面とそれらの社会・文化的な意味を検証する。    


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『「お墓」の誕生—死者祭祀の民俗誌』 岩田 重則 (著)



「お墓」とは何だろう。
伝統的な祖先への敬愛の表現か。
家制度の因襲か。
各地のお盆、葬儀、埋葬、墓参りなどの、死者にまつわる儀礼や祭祀を
丹念に観察し ていくなかで、石塔の「○○家之墓」もまた別の相貌を見せてくる。
嬰児の死の扱い方や、戦死者の処遇をも視野に入れながら、
民俗学から見た死者祭祀のあり ようを探る。

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『スペクタクルの社会についての注解 』ギー ドゥボール (著)



  惑星的規模における「スペクタクルの社会」が新たな段階に達するなかで、
情報権力の世界化および単一化としての「統合されたスペクタクル性」
の社会の到来を正確に予見した、
ドゥボールによる20世紀後半の最も革命的で、極めて実践的な理論的考察。    

ギー ドゥボール-Wikipedia


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『スペクタクルの社会 』ギー ドゥボール (著)



「フィルムはない。映画は死んだ」と言ってのけるドゥボールにかかっては、
あのゴダールさえ小市民的に見えてしまう。
芸術に限らず、思想も政治も経済も、 「専門家」に任せきりで、
鷹揚にお手並拝見と構えているうちに、
いやおうなく「観客」であるしかないどころか、
大仕掛けな茶番劇のエキストラに動員されて しまいかねない。
こんな世界のありようと疎外感の大元を、本書は徹底的に腑分けしてくれる。
ほんとうに「何一つ欠けるところのない本」だ。
マルクスの転用 から始まるこの本は今日、依然として一個のスキャンダル、
飽くなき異義申立てと「状況の構築」のための道具であり、
武器であることをやめていない。


ギー ドゥボール-Wikipedia

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『20世紀ファッションの文化史—時代をつくった10人 』成実 弘至 (著)



20世紀はファッションが一般的に広く普及した時代と言われている。
本書は、20世紀、ファッションは何をなし遂げたのか、
その創造性をあらためて問う、 まったく新しいファッション文化史。
本書では20世紀のファッションをつくった代表的なデザイナーたち10人、
ワース、ポワレ、シャネル、スキャッパレッ リ、マッカーデル、ディオール、
クアント、ウエストウッド、コム・デ・ギャルソン、マルジェラを取り上げ、
時代や社会のなかで彼らがどう闘い、
どのように ファッションをつくってきたか、さまざまな角度から切った意欲作! 


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『シュルレアリスム落語宣言 』 平岡 正明 (著)



  「落語はまず笑う。
 人が生きようが死のうが、まず笑って、
 それから人情のひだをこまかくし、
 考察を深刻にし、物語を深めて……
 やはり笑うのだ」(本文より)
評論家・平岡正明が、過剰な知識と異常なイマジネーションで
古典落語の世界を解明した、760ページに及ぶ革命的超落語論集。
読み疲れたら枕にもなる分厚さ。



平岡 正明 -Wikipedia



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『明治奇聞 』 宮武 外骨 (著)



明治の奇人として有名な宮武外骨が、
同時代の新聞雑誌から収集した驚天動地の珍妙な記事を、
テーマ別に紹介した「奇談集」。
記憶術の出版ブーム、美容健康 法やコックリさんの流行、
世界終末論などをはじめとして、
現代から見ても不思議なくらいに共通する要素を持った、
明治人の精神とその愉快な一面を、
今まで にない新しい視点で堪能できる抱腹絶倒の一冊。

宮武 外骨 -Wikipedia

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『演じられた近代—“国民”の身体とパフォーマンス』兵藤 裕己 (著)



  九世市川団十郎、川上音二郎、小山内薫などがつくりだそうとした新しい演劇。
講談や演歌などの大衆的パフォーマンスとも共振しつつ生みだされた
彼らの芝居で、役者の身体に表現された「近代」とはどのようなものだったのか?    

兵藤 裕己 -Wikipedia

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『不幸なる芸術・笑の本願 』柳田 國男 (著)




かつては生き生きとした知恵の発露であった
「笑い」「ヲコ」「ウソ」などの零落をなげき,
その復権を説いた異色の文芸論十三篇.
これらのエッセーを貫くの は,
人生をすこしでも明るく面白くするには何が必要不可欠かという
強烈な問題意識であって,
悪巧みの技術さえ「消えて行く古風な芸術」だとして愛惜され る.

柳田 國男 -Wikipedia


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『「挫折」の昭和史』山口 昌男 (著)


大正・昭和初頭の都市モダニズムは満州で開花し、
戦時下の文化・スポーツ活動に結実した。
その担い手は林達夫、小泉信三、岡部平太、竹中英太郎ら
「挫折」 を経験した人々であり、石原莞爾を中心とする知的水脈と共鳴した。
彼らの開かれた精神から日本人の生き方のもう一つの可能性を探り出す、
近代日本の歴史人 類学という課題に挑む記念碑的労作。

山口 昌男 -Wikipedia



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『知の祝祭—文化における中心と周縁』山口 昌男 (著)



  文化の深層と辺境民族の世界から、
新しい知のパラダイムを構築する“知的冒険”の書。

山口 昌男 -Wikipedia



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『文化と両義性 』山口 昌男 (著)


膠着した状況を活性化し,文化が本来もつ創造力を回復するために,
風土記からロシア・フォルマリズムに及ぶ文化の広大な領野に
記号論的アプローチを試み る.
著者はさらに現象学を愛用しつつ,
文化のもつ両義的な性格に着目し,
それを分析の軸とした新たな文化理論を提起する.
70年代後半以降の日本の文化界 に多大な影響を与えた名著.

山口 昌男 -Wikipedia

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『シンボルの物語 』形の文化会 (編集)


  全て形あるものは、人間にとってシンボルとなる。
富士山、河川、球、顔のつくり、木など様々なモノの形とシンボルを論究、
シンボリズムが文化においてどのような役割を果たすのかを
様々な角度から考える。

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『犬と鬼—知られざる日本の肖像』アレックス カー (著)



日本で育ち、日本をこよなく愛するアメリカ人である著者が、
怒りと悲しみを込めて現代日本の病理を暴く。
破壊される自然環境、ちぐはぐな都市建築、
日本の 魂を崩壊させる官僚政治。
慢性的に進行する日本の「文化の病」を、
丹念に掘り起こしてわれわれ日本人に突きつける、衝撃の1冊。

アレックス カー -Wikipedia

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『忘れられた日本人』宮本 常一 (著)



昭和14年以来、日本全国をくまなく歩き、
各地の民間伝承を克明に調査した著者(1907‐81)が、
文化を築き支えてきた伝承者=老人達がどのような環 境に生きてきたかを、
古老たち自身の語るライフヒストリーをまじえて生き生きと描く。
辺境の地で黙々と生きる日本人の存在を
歴史の舞台にうかびあがらせた 宮本民俗学の代表作。

宮本 常一-Wikipedia

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『チョコレートの歴史 』ソフィー・D. コウ (著)


  「神々の食物」の味わい深い文化史。
謎の多い植物カカオ、マヤ・アステカの宗教儀式の
象徴、香料、薬効、媚薬、滋養、催淫、
そして貴族の飲み物から大衆化に至る壮大な物語を描く名著。
甘美な味に隠された驚くべき壮大な物語。    

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『妖怪談義』柳田 國男 (著)


われわれの畏怖というものの、最も原始的な形はどんなものだったろうか。
何がいかなる経路を通って、
複雑なる人間の誤りや戯れと結合することになったで しょうか。
幸か不幸か隣の大国から、
久しきにわたってさまざまの文化を借りておりましたけれども、
それだけではまだ日本の天狗や川童、又は幽霊などという ものの本質を、
解説することはできぬように思います。
国が自ら識る能力を具える日を気永く待っているより他はない……(自序より)


柳田 國男 -Wikipedia

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『黒い聖母と悪魔の謎 』馬杉 宗夫 (著)



葉人間・ガルグイユ・黒い聖母・悪魔——
キリスト教美術の中の異形のものたち

ラテン十字形の平面 図(プラン)のもと、
この世における神の国として建てられた中世西欧の大聖堂。
入口は西側に、主祭室は東側に、北側には旧約世界、
光溢れる南側には新約世 界を、と一定の「文法」に従う建築物の中、
そうした神の体系から逸脱する表現が現れる。
葉人間、ガルグイユ、悪魔など奇怪な造形が表す意味は何か。
キリス ト教美術の“綻び”を解読。

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『道化の民俗学』山口 昌男 (著)