心地よい風
今、Macの前に座り、ちょっと考え事をしていた。
ふわっ
と秋になりかけの心地よい風が部屋に吹き込んできた。
「嗚呼、なんて心地よいのだ。。」
そんな風にも感謝だが、
そう思える
そんな週末の一時に感謝。
(まあ、今週は今日まで仕事よくやったし、順調だし)
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今、Macの前に座り、ちょっと考え事をしていた。
ふわっ
と秋になりかけの心地よい風が部屋に吹き込んできた。
「嗚呼、なんて心地よいのだ。。」
そんな風にも感謝だが、
そう思える
そんな週末の一時に感謝。
(まあ、今週は今日まで仕事よくやったし、順調だし)
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オヤジが亡くなって365日が経った。
この一年。
自分の周りで2人の人が亡くなった。
闘病の末亡くなった人。
そして
自らその命を絶った人。
その出来事には意味があった。。等と阿呆臭いことはいうつもりはない。
彼自身にはあったのかもしれない、その意味ってやつが。(前者と後者はあまりにも違うけれど)
僕には明確なものはスパっと言えない。
その出来事について思考すれば必ず途中で断念しなければいけなくなる。
それ以上思考するってことは自分で勝手にその出来事について物語りを作ることに等しくなる、
そんなラインがあるのだ。
それはある意味、その本人を侮辱することにもなる。。
そうではなく、僕は、そんな出来事から、その人との「繋がり」を噛み締めるのだ。
僕の生きているこの社会からその人がいなくなってから「繋がり」を考えるってなんだか不思議だけど、
その人との「繋がり」を感じるのだ。
そう、生きている間決して噛み切ることも、消化することもできない「繋がり」を噛み続けるのだろう。
そしてこの彼、僕を含めた人間っていう種の系譜について思い当たるのです。
脈々と続いてきた、そしてこれからも続けてゆく、多少大袈裟だけど、命の歴史を感じるのです。
人が死ぬことで自分が人間という種の一員であること、社会の一部だと知ること、
そんなものなのだと、しみじみ思い知るのです。
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