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2005.05.29

「いかにして」と「なぜ」

オギュスタン・ベルクという人の著作の中に

『世界を説明し支配しようと努力を重ねる近代は、実のところ、
「なぜ」から「いかに」への置き換えをはかる壮大な転換のプロ
セスに他ならなかった。』

(地球と存在の哲学)

という一節がある。

「なぜ」→「だから」→「いかに」達成するか

ではなく

「いかに」達成するかと「なぜ」は断絶する。

「なぜ」は立ち止まる必要がある。
その結果なにも生まないことだって多々ある。

そうではなく近代は生産の社会だ。効率が大事だ。

「なぜ」なんてのに耳をかしていると生きていいけない

回遊魚のように。

たまに、そんな「いかに」の権化のような人に出会う。

とにかくパワフルに豪快に無神経に鉈を振いながら突き進む
人に。

どんな相手もねじふせて、理想や理念などおかまいなしに
ずんずん、ズンズンと。

さしずめサメのように(笑)

かたや、
僕はいつからか「なぜ」に惹かれるようになった。

でも、ナイーブなんて思われたく無いし、思ってもいない。

突き進むバイタリティがないかた立ち止まって「なぜ」なんて
考えているわけではなく

きちんと「なぜ」からはじまって、しかも「いかに」の社会で
バイタリティを発揮できるようになりたい。

「なぜ」から作っていきたいのだ。


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» 和辻・オギュスタンベルク・中沢新一・澤田允茂・岩村和夫・永田一征 [日々これケセラセラ]
研究計画書を、院試とその後に続く、修士論文の為に作成しました。 その為に読み込んだ文章やら、書籍の主要なものが下記のこれら。 実際はもっと多くの論文、論考に目を通します。 資料探しに国会図書館に何度か、通いました。 (国会図書館のアクセスは、何気に悪い気がするな・・) 和辻哲郎「風土」 オギュスタン・ベルク「風土の日本」 澤田允茂「認識の風景」 中沢新一「アース・ダイバー」 岩村和夫「住まいと暮らしとその環境」(ビオ・シティ no.23)    「生命... [続きを読む]

受信: 2005.12.11 23:02

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