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2007.01.30

ココデハナイドコカヘ

衣食住。

このごろ気にする余裕がありません。

衣:服なんって最近買った記憶がありません。
食:とにかくさっと食べたいです。「ながら」食べがいいです。
住:汚いです。新しくなにか、欲しいと思いません。

衣食住。
基本です。

日常の土台です。

これをおろそかにするってことはどういうことでしょう。

日常生活以外のことが大切になっているということです。

彼、彼女のこころが
彼、彼女の想いが

ここではないどこかへ向かっているということです。

今存在しないもの  を創っていたり
今よりよりよいもの を造っていたり
今より 未来をみていたり

意識が先鋭化し、集中しているってことだと思うのです。

それは素晴らしいことだと思います。

ただ、反面、それは周りが見えていないということとも
余裕がないということとも言えます。

その、想っていること以外には関わることができていない
ということです。

きっと、それが両立できることが、

成熟というのかもしれません。
それができて、自分や業界の枠にとらわれない
クリエイティブのスパイラルにのれるのでしょう。

茶道では、お茶会を茶事といい、正式には二刻、4時間かかる
となにかで読みました。

今、僕は、人と関わることにそれほど時間をかける余裕があるの
だろうか、日常と向き合う余裕さえないのに。

なにも、茶道が素晴らしいなんていいたいのではなく

ココデハナイドコカヘ

はたしかに進歩の進化の理念だけれど

なぜ、ココではだめだったのか

も考えないといけないのではないかと思うのです。

ココを素晴らしく、美しくできなかった今までの自分も
その足らなさも確かにあったことを意識しないといけないの
だよな、と。

はやくココを造りたい。

そんな焦燥感を抱きながらちょいと疲れた足をさらに

今夜も先にと進むのでした。

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2007.01.09

主語を意識し、我(が)をなくす。

森達也という人の

『主語のない述語は暴走する』という文章が
ずっと頭からはなれないでいた。

  遺族や被害者が憎悪や報復感情にとらわれることは当たり前だ、
  なぜなら彼らは当事者だ。
  この感情を社会が共有しようとするとき、一人称であるはずの
  主語がいつのまにか消失する。
  「俺」や「私」が「我々」となり、地域や会社、そして国家など、
  自らが帰属する共同体の名称が主語となる。

  本当の憎悪は激しい苦悶を伴う。
  でも一人称単数の主語を失った憎悪は、

  実のところ心地よい。

  だからこそ暴走するし感染力も強い。
  こうして全体の一部となりながら、いつのまにか誰もが声高になる。
  虐殺や戦争はこうして起きる。
  でも渦中では、
  主語がないから実感は薄い。
  誰もが終わってみてから茫然と天を仰ぐ。
  振り返ってごらん。
  世界はそんな歴史を繰り返している。

こんな主語の不在、述語の暴走を
手塚治虫は『アドルフに告ぐ』でアドルフ・カウフマンという男に
演じさせている。

  おれの人生はいったいなんだったんだろう
  あちこちの国で正義というやつにつきあって
  そしてなにもかも失った
  肉親も
  友情も
  おれ自身まで
  おれはおろかな人間なんだ
  だが
  おろかな人間がゴマンといるから
  国は正義をふりかざせるんだろうな

Between The Lines Vol.36

たしかにそう。

僕は

戦争や虐殺、差別やいじめ

がこの世の中からなくなるなんて思ってはいない。

人間はそれほど賢いとは思えないからだ。

きっと虐殺のニュースを聞き、主語をうしなった怒りを憤りを
感じている限りそれはなくなりはしない。

そこに、主語、自分を入れてしっかり思考する、

それが大事。

それにはまったく同意する。

ただ、主語を明確にし、主張する。

それが唯一の手段とも思えずにいたのだ。

僕は常々、人にとって動詞も大切だけれど
豊かにしてゆくのは形容詞ではないかと思っていた。

動詞には主語が必要。

だけれども、形容詞にはそれは必要でない場合の方が多い気がする。

形容詞は自分の関わるものを形容するときに使う言葉だ。

そこには、その対象物に対する興味関心が不可欠だ。
そこには主語は必要だろうか?自分のことより、その対象物の方が
断然大切なのではないだろうか?
それはとりもなおさず、想像力と直結する。

そこに僕は人間の可能性を感じるのだ。

明日の空もきれいでありますように。

明日の太陽も雄大でありますように。

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