塔
きらびやかな伽藍のはずれ
忘れられたように大樹の陰に
ぽつりとうすぐらくその塔はある
それには
金銀の装飾もなく、
悠久の調べ奏でる楽隊がいるはずもなく
それが誇るのはぶ厚い装甲のような黒く
ところによっては錆び朽ちはじめている
威嚇するかの容姿のみ
そこには
古
今
東
西
言語、思想を問わず
誰彼となく書き綴った言葉の束が押し込められていました
そこには
守衛の初老の老人が一人
彼にとってその塔は
冬は寒く
夏は暑い
なんとも息苦しい空間でしかありませんでした
なんといってもそれは塵芥でしかない
閂を開け、重い扉を開けるだけで
ふるぼけているくせに、
のたうちまわるかのように
ひさびさの日の光に狂喜するかのように
埃が舞い上がる
それは眼に群がるはえのように
入る人を襲うのでした
彼はそこに一瞥をくれるわけでもなく
運ばれてくる言葉をそこに投げるように
しまいこむのみ、それが職務でした
考えようによっては
彼のその扱い方も、その塔と対峙する正統な方法でも
ありました
それは
言葉の地層と言える代物でもありません
そこには連続や継続はない
それは時間の断片でしかない
代々紡がれるストーリーもない
成熟もない
言えたとしたそれは時間のコラージュ。
彼はコラージュの鑑賞方法を知っていたのかもしれません。
ある文字とある文字
となり合う2つの間の断絶
偶然の邂逅
その文字の奥には書き手が、そしてその書き手が書き残そうとした
エピソードが、想いがそこにあり
それを想像する
それをいちいち読むのではなく
それを想う、という鑑賞方法を。
それは、文明のそれぞれの文字が読めるか
その文字が今も流通しているのか
それが決定的な鑑賞するツールではないのだ
そこに
太陽があり
そこに
月がある
そこに
花がさき、海の静寂がある
そこに
大切な人との再会があり
愛しき人との別離がある
そんな人が形成する人が感じることができる世界がある限り
言葉の種類なんかに左右されない
そこに書き残したいと想える事象があるだけで
コラージュがそこに形成されるのだ
この世から
太陽が消え星がなくなる
愛がなくなり
慈しむことが意味をなさなくなる
かもめも鷹もいっしょくたに鳥と称され
戦場で名を馳せた祖父の勲章は言うまでもない。
そうやって人から想いが消えていくこと
そうやって人の心の中で絶滅の種が増え続けること
それがこの塔の存在意義を無くしてしまう唯一根本の原因となるだろう。
(ある言語の消失はその事例の一つにすぎない)
きらびやかな伽藍のはずれ
忘れられたように大樹の陰に
ぽつりとうすぐらくその塔はある
それには
金銀の装飾もなく、
悠久の調べ奏でる楽隊がいるはずもなく
それが誇るのはぶ厚い装甲のような黒く
ところによっては錆び朽ちはじめている
威嚇するかの容姿のみ
その居丈高な風格の味気ない塔に
腰の折れた初老の老人が今日も内容もしらぬ文字の束を
今日も運んでいる。
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