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2007.07.24

光源

哲学
思想

それら自体を研究することに興味はない

それらは

光である

僕や
僕の属する社会や
人間や
その集団や

それらを照らす光である。
それらを測る手段である。

それらの輪郭を描き出す手法である。

僕は

その光源に興味があるのではない

そのものに興味があるから光をあてるのだ

光源の仕組みや光源の精度なんかを追求するつもりはない。

光の流儀には興味がないのだ。

哲学や思想を究めるという志なんてない。

それらの断片を盗もうと企む盗人なのだ。

盗んで光をあてるのだ

そして

絶望し

腹を抱えて笑い

一服したあとにでも

重い腰をあげ

なんとなしに進むのだ。

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