右手のリズム/青春の残滓
夜中に走る。
色々なアクシデントで、ジョギングには使った事のないシューズで。
これがソールが硬質で
地面に接地する音も硬質で気がひきしまる。
踵をついて、
タッ
つま先で、
タッ
心地よく
小気味良い
地面とのセッション。
自然とアップテンポに。
目を細める
情報を遮断し
自分に
走る事に
集中する。
ストライドをおとし、ピッチに移行し、
ああ、忘れていたよ。
そうそう
右手を巻き込むように
リズムを刻む。
淡々と
なんの情熱もないような歩みでも、
ほら、そこにも厳然とあるじゃない。
タンッ
タンッ
ほらタンタンと。
それぞれのリズムが。
そうだ
僕は気持ちいいとき
右手で走っていたのだ。
右手のリズムで走っていたのだ。
ああ、もしかしたら、走っていて、いままで走ってきて
一番うれしいのかもしれない。
走る事の音楽性、そんなことなんて考えた事もなかったんだもん。
何千キロ走ってきたろう?
何万キロ走ってきたろう?
その時は気づきもしなかった。
自分がリズムを発明しているなんて。
ストイックな鍛錬という無味乾燥だと思っていたのに
僕は奏でていたのです。
それはあこがれのギタリストを模したなんてものではなく
ごく
素朴に
ごく
自然に
ごく
あたりまえに
誰を模したわけでもなく
誰に教わったわけでもなく
誰に聴かせるわけでもなく
僕はリズムを刻んでいたのです。
僕が発明していたのです。
僕は当時自分が大嫌いで、
嫉妬
羨望
虚栄心
が
壁を越えられず
妥協と結託し
嫌いだった。
それをどうにかしようと、地味なことを、と思わない事もなかった。
だけれど、
心臓がビートを刻み
右手でリズムを刻む
おいおい
派手だよ
おいおい
楽しいじゃない
タン
タン
タン
タッ
タッ
タッ
トク
トク
ドッ
ドッ
ドッ
誰もしらないリズムを
誰にもまねできない旋律を
ああ、
いつまでも
どこまでも
いける気さえする。
ああ、
いつ以来だろう
僕は
走りながら
はしゃいでいる。
もう
誰とも競えない
もう
誰も負かす事もない
かさかさの
青春の残滓たちよ
豊かで寂しい残滓たちよ
ああ、残滓でさえ、これほどに感動的だとは。
あのころの苦悩は捨てたものでもなかったと言えるのか。
すばらしき、しみったれた残滓よ。
今宵
また、リズムを刻もう。
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