盲目のカメレオン
逃亡の旅の途中。
一匹のカメレオンは、仲間たちとはぐれてしまった。
追っ手は執拗に迫り
一人が二人
二人が四人
十人、二十人と増え続ける。
砂漠では
奴らは世の中の砂を全て吸い込んでしまえるような掃除機で
森では
奴らは闇をも焦がすような火炎放射機で
街では
奴らは全てを平にしてしまうシャベルカーで
彼を暴き続けた。
その度に、裸で寝ていたベッドを襲われたように、慌てて服を着るように
色をくるくる変えては彼は逃げ出すのだった。
そして、とうとう世界の果てまで逃げてきた、そう思う景色に彼は出会った。
彼はにやり、と無限の逃走経路を見つけた必勝の勝利感にひとまず酔ってみた。
見上げる限り、そこは
青
見渡す限り、そこは
青
だった。
青、青、青
見た事のない広さだった。
いつもはディティールにこだわる彼だったが、そのスケールに、眺めるに始終していた。
我に返り
その青がなんなのか、確かめよう、と思った時
またも一人の追っ手の声が。
彼は
急いでその青に飛び込んだ。
それがなんなのか調べもしないで。
それは異様に塩辛かった。
彼の良く働く360°どこでも見渡せる自慢の目との相性は最悪だった。
痛さでいつもの倍は彼の目は動き続けた。
自分の目によって目がまわるくらいだ。
思わず、長い舌を出してしまう。
それも最低だった。
カラスギショウジョウバエなんかよりよっぽど塩辛かった。
しかし、それをいやがりもがくと白いしぶきがあがる。
格好の目印になってしまう。
彼はそのうち気を失ってしまった。
岸では
奴らがいくらでも吸い込むポンプで水を吸っていたが、淡水仕様だったらしく、機械をけりつけては
ビールを用意してバカンスをきめこんでいるところだった。
彼らはビールの方が飲むのに適していると知っていたのだ。
・・・
彼は水が彼の身体に打ち寄せる音で目を醒ました。
しかし、
目は真っ赤で、ほとんど使い物にならなくなっていた。
そして、すこしでも身体を動かすと身体じゅうに激痛が走った。
喉も身体も灼けるように火照っていた。
彼はかろうじて前足を見る事ができた。
それは見た事のない見事な黒色に見えた。
それ以外はみんな赤い不吉な色に見えた。
入るまでは
美しい青を誇っていた、彼の後ろの風景は、まるで血の海。
ただただ恨めしく。
だけど、身の色だけではなく心の色の変化もわりかし早い彼は
うまく逃げおおせたことを思い出し、ひとまず、形だけの感謝のポーズを
かつて青だった空間に軽くすませ、今後の身の振り方を考え始めた。
そう
目をくりくりと
舌をシュルッとやるあのポーズで。
・・・
トムとジョンは
いつものように、棒切れを片手に
浜辺に遊びにきていた。
いやいや
冒険に。
今日はパイレーツのお宝が目当て。
まずは、お互いパイレーツの呪が怖くないかと
威勢を吐く。
それから
お宝の地図
数々の罠の話
獰猛な番人ども
猛獣や不死身のアンデッド。
それに対して、彼らは鍵も持っていないし、武器も棒切れであることに気付く。
そもそも、呪のディティールを考えていないという基本的なミスを犯している事に気付く。
冒険は砂浜の足跡にして30歩で作戦会議を余儀なくされた。
でも、帰るには早い。
ここからがクリエイティブの勝負だ。
ここが肝心要。
素晴らしい冒険を作り出せる事、それが子供の価値を決めるといっても過言ではない。
だが、そう容易に振ってこないからクリエイティブなのだ。
ふたりはすっかり黙り込んでしまった。
すると
ジョンがなにやら黒くうごめくものを見つけた。
みたこともないトカゲだ。
・・・
彼がかつて青かった空間に挨拶をしてまもなく
草影から、2人の追っ手が見えた。
いや、追っ手にしては小さい。
子供だな。
ほんの子供だ。
彼はいつものように、自分の色を変えようとした。
ところで
今自分の位置するこの土地は何色なんだろうか?
黒くただれた肌ではその質感もわからない。
やつらは
迷う事なく自分の方に向かってくる。
なんてこった!
今夜は素っ裸でシーツもかけずに眠りこけてたようだ!
やつらに裸が丸見えだ!
何十何百もの追っ手をまいてきた彼は
いとも簡単に2人の子供に捕まってしまった。
道具は何にも吸い取らない棒切れ2つだけだった。
・・・
彼は
トムとジョンの家の住人となった。
だがしかし
老いも若きも
男は釣った魚にはエサをあげない。
彼らのアドベンチャーはあの砂浜で終わってしまったのだ。
彼はそれを知っていた。
彼も同類だからだ。
種を越えた共感。
いたたまれないな、と。
自分の派手な逃亡劇というアドベンチャーもここで終わりかと。
そんな哀愁たっぷりの思考を断ち切る合図。
リサが食事を持ってきてくれる足音だ。
彼女は可憐で
献身的に尽くしてくれる。
種を越えた愛情。
なんとか彼女の気を惹きたい。
同情以上のものが欲しい。
彼ら種族は、愛情も身体の色で表現する。
熱烈な情熱の赤
やさしい包みこむようなピンク
駆け引きよりも先に顔、いや身体にでるところが興をそぐのだけれど。
ストレートだ。
しかし、彼はもちろんしょうがないことだけれど
その直球が伝わらない、なんてことを考えたことがなかった。
彼らの種族は、もちろん彼の親父だってもれなくそうやって求愛をしてきたのだ。
求愛のためにダンスを踊る鳥の話を聞いたことがある。
やつらは踊れなかったら一生ひとりもんなのか?
踊りが大好きなやつは尻軽なのか?
彼は軽く絶望した。
すでに自分は色を変えられない身体になってしまっているし
すでに自分は色を見る事ができない眼の持ち主だ。
その絶望よりも
目先の彼女とのことが心に刺さった。
・・・
傷もある程度癒えて、
だけれど、身体の色はこんがりと真っ黒のままで
だけれど、その視界は赤味がかかったモノクローム
だけれど、
彼は必死に彼女の
ご自慢の長い舌を使ったり
ユーモラスな悠久のダンスで
気を惹こうと
彼の時間と労力全てを注いだ。
・・・
一方彼女は
そんな彼との時間が楽しくてたまらなくなっていた。
彼をいたわっていた彼女は
いつしか
彼によって
彼との時間によって
彼との日常によって
いわたり、癒されていることを実感していた。
そんな晴れた気持ちのよい午後。
彼女はこの辺りで一番活況で見ているだけでも楽しい
バザールへ彼を連れて行った。
古今東西、あやしいものから、最新のテクノロジーまで
そこにはないものはない!
と思うほど人とモノがあふれるエネルギーを彼にも見せたかったのだ。
古代の同時刻の風景を堪能できるいかつい懐中時計。
願えばどんな果実でもたわわに実らせるという針葉樹。
自分のホントウに伝えたい事を確実に言葉にしてくれる拡声器(50国語対応)。
禅問答の答えが書いてある禁断の逆引きチュートリアル。
男が好きな人を女好きに、女が好きな人を男好きにする、心の性転換手術機。
お金の匂いがする会話以外を一切シャットダウンしてくれる耳栓。
狙う相手の一番好きな香りを調合してくれる香水精製機。
そこにはなんでもあった。
そうなんでもある。
そこには
どんなガードの硬い相手でも楽しませるダンスを踊れる鳥がいた。
どんな嘘も磨き抜いて、最高の艶言葉とできるペテン師がいた。
どんな美しい色にも変化できる妖艶なカメレオンがいた。
彼女は
ひとりでそこにいりびたるようになった。
悲しいときには、悲しみにその肌は反応した。
そして、それを癒す言葉と踊りがあった。
そして、その肌は情熱的に燃え上がるのだ。
それは、いつしか、妖艶なカメレオンだけの情熱ではなくなっていることは明白だった。
彼女の情熱に反応してもいたのだから。
・・・
そんなバザールにはもちろん、一攫千金を夢見る若者もいれば
犯罪者だっている。
その規模が大きいほど、雑多になり、それこそカメレオンのような極彩色を描く。
やつらは、噂を聞きつけやってきた。
一人が二人
二人が四人
十人、二十人と増え続ける。
そのうちの半数はその妖艶さにやられてしまったが、とうとう
妖艶なカメレオンは捕らえられてしまった。
彼女をはじめ沢山の女が泣き叫んで、やつらに罵声を浴びせた。
ところで、
その場に居合わせた、モノクロのカメレオンは
やつらの前を歩いてみても、すてきなダンスを踊ってもても、
あまつさえ、自首したというのに
やつらは捕まえてさえくれなかった。
「おれたちは、魅惑のカメレオンを探しているんだ」
バザールの活気活況はもはや他人事で
彼女と棲む一つ屋根の下は、もう決して一つではなかった。
舌を試す相手もいない
モノクロのカメレオンは
徒然に
不細工なダンスを踊るのであった。
いつか、また、誰かに見せるために。
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