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2007.12.16

風の即興、鉛の旋盤

今日は

親父の墓参り。

誕生日まではまだはやいけど、忙しくなりそうなので。

いつものように

有吉佐和子の墓の前をすぎ、

赤、黄と茂る庭をすぎると

空がひらける。

風が待っていたかのように吹き付ける。

見上げると

鳥が一羽。

風に乗る。

右から左から上から下から、全方位から風によって紡がれた空に。

そんな即興を気持ち良さそうに。

そんな即興を

楽しむかのように旋回をくり返している。




僕は墓前で手を合わせる時

基本的に

なにも考えていない。

それはお祈りでもないし
それはなにかの報告でもない

単なる挨拶程度のものでしかない。

墓を参ろうと思った時に、その要件の大半は済んでいるから。
故人とのコミュニケーションの良いところっていつでもどこでも。


墓前で手を合わせるのは、その締めのようなものだ。
気軽な関係を形式で様式で締める、そのためだ。

だから、滞在もものすごく短く、事務的だ。

その短時間の滞在の大半は掃除清掃に費やされる。

今回もそう。

手を合わせている最中

墓石についた鳥の糞をぬぐってやったぜ、とえらく恩着せがましく。

ただそれだけ。

供え物も、タバコは普段タバコを吸わない自分がぎこちなく吹かすのが
面倒だったから、今日は黄桜で。

墓場を後にする時の足取りはいつも軽やか。

墓参り全員がセンチだったら、辟易でしょう?お父様?ご先祖様?
愁嘆場は必要ないでしょ。

空を見る。

即興のダンスをしていた鳥は

もう

もちろんそこにはいやあしない。

ただ、

親父。

いつか、あなたと過ごした歳月を

こうやってあなたの墓を参る歳月が追い越す時がくるんだぜ。

さすがにそんなこと、あんた、考えてもみなかったろう。

そんなことをふと考えると

軽かった足取りに

その一歩一歩の足跡に

急に

時の重しを感じる。

鉛色の

鳥のいなくなった空は

時計仕掛けのような、オイルと鉄の匂いがする。

ギシギシ

ゴウンゴウン

カチカチ

チクタクチチチ

特に、そこは、何代にもわたる鎖が、地中から伸び、

空を縛っている気がしてならい。

僕は

鳥のいなくなった空に

さっきまで風に紡がれていた軽快な織物が

一人では決して動かせない、
時の旋盤を感じられ、

僕のちっぽけな生が

そんな機械仕掛けに生かされている

妙な気分を感じ、

コートの襟をたて、足早に。

さっき感じた代々の絆はいかつい鎖に形を変え、

僕どころか、世界を縛る。



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