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2008.02.27

赤い月、蒼い蟹



雲ひとつない



だけれど



星ひとつ見えない



風ひとつ吹かない



だけれど



生暖かい空気がまとわりつく



不思議な夜だった。



・・・



暗闇を切り裂くような
西洋の城の双璧となるような頑強な塔のような建物が突如現れる。



そして、
静寂をねじ伏せるような、調子の良い軽口が突如僕らに投げかけられる。



「おにいさん、寄って行きなよ」
「ここの料理は最高さ」



「どんな料理が売りなんだい?」



「そんなもん知りゃしねえよ。」
「食べてくのか?いらねえのか?いらねえならとっとと消えな!
後ろのお客さんたちの我慢も限界だぜ?!」



気付くと、僕らの後ろには無言の皆同じ色の外套を羽織ったのっぺらぼうが
長蛇の列を作って順番待ちをしている。
たしかに、表情なんて作れないはずなのに、いらだちをどこからともなく
発しているのがはっきりわかった。



口のない彼らに、どんな料理をサーブするっていうのか。



向き直り、気付くと、連れの腕を掴んでその調子の良いぽん引きは
すでに、建物の扉を開けて入っていってしまっている。



ふと、考える。



連れの顔はどんな顔だっけか?
まさかのっぺらぼうじゃああるまいか?



じりじりと、のっぺらぼうの列に押し込まれ、僕もその建物に入れられる。



当然。



入った途端に扉はその図体からは想像しがたいソプラノの音を発して
不気味なほど陽気に其の役割を忠実に果たしのっぺらぼうの列を尻目に
そのものものしい図体で外の世界を閉め出しにかかる。



入ると



そこには屋根がなく、いままで確実になかった



あるはずのない月がこうこうと僕らを照らしていた。



それは



禍々しいほどに赤く、その発する光線は寒気がするほどに蒼かった。



仮にメデューサに睨まれたら、その光線はこんな感じなんだろう、



ふと、自分のまわり全てが石になってしまっている錯覚に襲われるほど

動きがないことに気付く。

音すら石になってしまったかのようにその建物は音という音も奪われていた。



そして、歩みを進めると、



ぴちゃぴちゃ
ひたひた



と一面が水で濡れていることに気付く。



丁度、コップの表面張力をためして、コップの縁より浮き出たくらいの
厚さの水の膜がすべてを覆っているようだった。



通された席もずぶぬれで、

それでも、給仕は椅子を引き、僕らを座らせる。

ナプキンもずぶぬれで、磯の香りがした。



ふと、目の端が動いたなにかを捕らえる。



それはとても素早く、端から端へ



カサカサカサカサ


と横切って行った

カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ



それは蟹だった。



手にのるくらいの大きさで

それ右腕には、明確に研がれている鋏を持っていた。
それは確実に刃物の領域だった。

そして、柱と思っていたものからは特大の蟹が現れた。



それは月にとどきそうなほどの巨躯をゆっくりと動かし、
月の光が良くあたるように苦心していた。



その鋏は岩のようなつよさ、ボリュームを兼ね備えていた。
それは確実に鈍器の領域だった。



そいつらは息をのむほどの鮮やかな青色をしていた。
晴れ晴れとした青ではなく、吸い込まれそうな、海底へと続いているような青だった。
しかし、どの蟹も色味が微妙に、しかし、目にわかるほど違い、
それぞれ種類が違うのではないかと思うほどだった。




「どっちにやられるのもお勧めはしないね、残酷なことにゃあかわらんからね。」
「普段はほとんどやつら顔を出さないけれど、あんなにお月さんが
顔をだしてくれちゃあ、やつらが出てくるのも当然ってものだよ。」



「あんたら運がいいね、本当にあのお月さんが出たら、潮は引かないし
蟹もいなくなりゃしないよ。」



ほんとうに迷惑なほどに饒舌だった彼の舌も



料理の話になるとぴたりと止まった。



「まってろ今作ってるから」



まだ注文もしてなければ、メニューも見ていないのに。



だけれど、すでにそんなことを要求しても、無駄であることを
すでに適合した僕は分かっていた。



だけれど、一刻もはやくこの建物から出たかった。



すると、それを察したように、小さな方の種類の蟹が、
僕のテーブルの横に集まり、どんどんどんどん、積み重なり、
塚を作り始めた。



「これを昇って逃げられるかもしれない。」



そう思い僕は蟹を踏みつけ上空へ登り始めた。



登れば登るほど月も昇った。


蟹たちもせっせと登ってくれていた。



だけれど光はさらに強くなり、僕の身体も蟹のようにだんだんと蒼くなって
きた。



気付くと僕は動けなくなっていた。
首を動かすことも
目すら不可能だった。



だけれど不思議なことに、全身が群青色になっていることを
僕ははっきりと実感することができたのだ。


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2008.02.25

contrail




キュっと冷えた空。


遠い空。


飛行機雲がみえる。


人間が引き起こす現象で数少ない見ていて

なんだかうれしいものの一つだ。



青い空。



シュッと人が作り出したラインが走る。



・・・



英語ではcontrailというそうな、飛行機雲。



air もplaneもcloudもつかないんだ。



なんだか日本語のほうが安直でほっとする。




・・・



実は、飛行機雲に気がつくまでイライラしていた。

「これ以上僕を怒らせないで下さい。」

うまくいかない色の調整に逆に切れる職人にさらに切れてやった。



もちろん、ちっともうれしくなんかあない。



イライラだ。



大人を怒るのも
大人になって怒られるのも



最低だ。



ちょっと、その抜け方を思い出せないくらの


イライラだ。



言い訳ができないくらい色があわない。

クライアントから否定される項目で、決して忘れることのないもの。
ずっと癒えずに、かかえていかなきゃならないもの、それは。



「センス」



私生活で「センス」を否定されたって趣味の相違で逃げられるが、
そうもいかない。



最低だ。



ちょうど指揮者の思い通りにヴァイオリンが、チェロが演奏をしてくれない。
そんなイライラと近しい。



こんなの、よくあることだ。
普段のトラブル対応でしかない。
ブツブツとやりすごそうと、街を歩く。



・・・



そういう時に限って、信号でよく足止めを食う。


その度に信号は交通は整理してくれるけど、
なんだってこんなに心をぐちゃぐちゃにしてくれるのか、


あの赤と青の2つ目を睨んでやる。
ついでに赤と青と黄色の3つ目もだ。
なぜなら同罪だからだ。



やることがない。



風冷たく、なんとなしに、目が空へゆく。




青い空。



シュッと人が作り出したラインが走っていた。





下を見て歩いていた日常の僕と、その非日常のギャップが。
その対比が。



その好ましい人工的な白い直線美が。



肩の力を抜いてくれる。


僕までそれぞれの職人の混乱に、楽器の不調にひっぱられることはない。



出してしまった外れた色や音を嘆いてもしかたがない。



演奏を続けるんだ。



なるったけ上手に
なるったけきれいに。



それが唯一の「センス」が受けた傷を癒すクスリなのだから。


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2008.02.09

How to make hot chocolate.



とはいえ。


僕はホットチョコレートを作ったことがない。


ふと、いつもの


ブラウザをたちあげ、表示されるGoogleのCNNニュースの



How to make hot chocolate.



という文字列がすっと頭に入り込んできただけ。



日常には密かなあこがれみたいなものがある。
それは特に隠しているという大それたものでもなく
恋い焦がれるというレベルでもない



そう



How to make hot chocolate.



丁度そんなレベルの
いったら他愛のない


これができたら
これをやったら
これがある生活って



悪くないかも



そんなレベルの。


決して高嶺だからというわけでもなく
手に入れるのに何週間もかかるようなものでもなく



自分からそれを隔てているものはなんなんだろう。



How to make hot chocolate.



おいしいホットチョコレートの作り方



どなたか教えてくれませんか。

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2008.02.02

ユニバーサル横メルカトル/限界が僕らと世界を結びつける。


電子音


下から照らされる男の顔。


電子音
機械音


プロジェクターから投影されるヴィジュアル。


男の顔。


電子音
機械音


僕はノイズに包まれる。


ノイズ。


雑音。


なにが雑なのか?


雑多。


今、時間をこの瞬間で切ってみよう。


時間を止めるみたいに。


時間の今という断面を覗いてみよう。


この瞬間、今の音を、時間軸を利用して僕らに届く音という波を
それから解放して眺めてやろう。


音を眺めると。


音そのものではなく
音の主にいきつく。


暖房の音。
冷蔵庫の音。
ディスクの回る音。
時計の針の音。


誰かが


歩く音。
腰掛ける音。
なにかを発声する音。
ポケットに手を突っ込む音。
振り返る音。


心臓の音。
血管の音。
細胞の音。
細胞の分裂。


マントルの流れる音。
鉱物と鉱物のぶつかりあい。
マグマと岩のぶつかりあい。


時間軸から切り離された音もその主からは解放されない。


そして、それらをしげしげと眺めると。


ノイズの意味がわかる。


ノイズとは、おおげさにいうと、世界だ。


自分も含め、自分が含まれないところでも


同時多発的に、音が生まれているということ。


誰かが、なにかが音を作っているということ。


生きているということ。


動いているということ。


動いていないということ。


今まさに、また、あたらに、世界が構成されているということ。
今まさに、どこかで、また、ある世界が終わりを迎えたということ。


僕という音の集積装置が、音全ての出自を知らない。


だから、全て自分に関係のない音をノイズというのだ。


僕が意味に縛られて、時間軸にもてあそばれて、自分に縛られて


僕という定義が、全世界も知る由もない、僕と言う矮小さが。


限界を認め


世界という音を、ノイズと称するのだ。



ユニバーサル横メルカトル。


変な名前だ。


地球を表現しようとする限界。


結局誤差がでる


とわかっている人間。
それを許容できる人間。
それに違和感を感じる人間。


ノイズを嫌う人。


ノイズを作る人。


電子音


下から照らされる男の顔。


電子音
機械音


プロジェクターから投影されるヴィジュアル。


男の顔。


電子音
機械音


僕はノイズに包まれる。


ノイズ。

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