A perfect world
彼は一睡もせず疲れ切っているようにみえた。
彼女は安らかに部屋のおくに安置されていた。
最後のお別れ。
僕は彼女に酷なお願いをした。
これから
いままで以上に
彼のことを
御願いします。
・・・
彼はなんにも整理も決着もつけないまま
日本の死者への段階をとんとん拍子に彼女は進んでいた。
彼はなんにも整理も決着もつけないまま
励まされ続けていた。
立ち止まらないように
急にぽっかりあいた隣の空席のことを考えないように
そう思えるほど
彼のまわりだけ慌ただしく
それについていってない彼の表情が。
彼女からも世間からも取り残されたように。
そこにぽつりと。
目はなんの情報も追っていないように見えた。
耳は情報を処理するためだけの器官になりさがっているようだった。
・・・
社会にでて、僕らは理想もフィールドも別々に生活してきた。
僕らの接点は同じ目標を持っていたころを線や面とするなら
今の僕らは点となっていた。
点では、彼のこれから味わうだろう孤独を埋める事はできない。
点は刺激はできるが癒しには向いていない。
あらためて僕は自分のできることの少なさを思い知った。
僕は
この悲しみを
彼と彼女という人称を使うか
僕の身近の出来事に代入するしか
実感することができないでいた。
特に代入する経験が少なくともあることで
僕は
年をとったとあらためて思った。
・・・
帰り道。
影のように黒い喪服にくるまれて僕は
とぼとぼと歩いた。
帰り道。
世田谷線。
そののどかな電車の通る跡には錆びたレール。
レールのはしばしからあふれる雑草。
おおきな青空。
そして、電車に置いていかれる優雅な黒アゲハ。
ふと、僕のこうつぶやいていた。
完璧だ。
そう、あまりにも似つかわしくない思いだった。
なぜ、このタイミングでどこにでもある
この風景に、徹底した調和をみたのか。
僕にはわからない。
でも、完璧だったのだ。
電車の速度も
雲の速さも
蝶々の調子も
彼が失った大切な人。
僕が感じた彼の空虚が。
欠落が。
悲しみが。
そんなことは知る由もなくここにある調和が。
そんなこととは文脈を異にする調和が、同じ時に成立している必然が。
かえって、それを僕に現実として投げつけたのです。
その後、不意にその調和は崩れ去った。
ディティールはにじみ細部は歪んで姿を消した。
僕は誰にも気づかれる事なく
静かに涙を流していたのだ。
どうぞ、
これからも
彼を見守ってあげてください。
蝶が舞っている。
今日も暑くなりそうだ。
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