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2008.07.16

A perfect world





彼は一睡もせず疲れ切っているようにみえた。
彼女は安らかに部屋のおくに安置されていた。

最後のお別れ。

僕は彼女に酷なお願いをした。

これから
いままで以上に
彼のことを
御願いします。

・・・

彼はなんにも整理も決着もつけないまま
日本の死者への段階をとんとん拍子に彼女は進んでいた。
彼はなんにも整理も決着もつけないまま
励まされ続けていた。

立ち止まらないように
急にぽっかりあいた隣の空席のことを考えないように
そう思えるほど 彼のまわりだけ慌ただしく
それについていってない彼の表情が。
彼女からも世間からも取り残されたように。

そこにぽつりと。

目はなんの情報も追っていないように見えた。
耳は情報を処理するためだけの器官になりさがっているようだった。

・・・

社会にでて、僕らは理想もフィールドも別々に生活してきた。
僕らの接点は同じ目標を持っていたころを線や面とするなら
今の僕らは点となっていた。
点では、彼のこれから味わうだろう孤独を埋める事はできない。
点は刺激はできるが癒しには向いていない。
あらためて僕は自分のできることの少なさを思い知った。

僕は

この悲しみを
彼と彼女という人称を使うか
僕の身近の出来事に代入するしか
実感することができないでいた。
特に代入する経験が少なくともあることで
僕は
年をとったとあらためて思った。

・・・

帰り道。
影のように黒い喪服にくるまれて僕は
とぼとぼと歩いた。
帰り道。
世田谷線。
そののどかな電車の通る跡には錆びたレール。
レールのはしばしからあふれる雑草。
おおきな青空。
そして、電車に置いていかれる優雅な黒アゲハ。

ふと、僕のこうつぶやいていた。

完璧だ。

そう、あまりにも似つかわしくない思いだった。
なぜ、このタイミングでどこにでもある
この風景に、徹底した調和をみたのか。

僕にはわからない。
でも、完璧だったのだ。
電車の速度も
雲の速さも
蝶々の調子も
彼が失った大切な人。
僕が感じた彼の空虚が。
欠落が。
悲しみが。

そんなことは知る由もなくここにある調和が。
そんなこととは文脈を異にする調和が、同じ時に成立している必然が。
かえって、それを僕に現実として投げつけたのです。

その後、不意にその調和は崩れ去った。
ディティールはにじみ細部は歪んで姿を消した。
僕は誰にも気づかれる事なく
静かに涙を流していたのだ。

どうぞ、

これからも 彼を見守ってあげてください。
蝶が舞っている。
今日も暑くなりそうだ。





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2008.07.13

ゼンマイ美女と黄金の狐





自分の家ではない自分の家で
友達であるはずのない友達たちと
春画を集めていた。
気付くと押し入れに入り自慰に耽る輩がではじめ
くごもった臭いを発し始める。

それがエスカレートしはじめ、自分の母親であるはずのない母親が
「そんなことやっているとこの世から抹殺されるからね!」
と子供を脅すにはいささか度が過ぎた怒り方をする。

と、

急にテレビのチャンネルを変えたように、
音が消える。
色も消える。
いや、厳密には色は消えていない。
なんとも不吉なセピア色だ。

と、

友達であろうはずのない友達が自慰の残骸を残して
一人残らず消える。
抹殺される。

と、

母の気配も消えている。
言った本人にも有効な警句だったのだろうか。
しかも、それに決して動揺すら覚えない僕がいる。

動揺の仕方と動揺の理由を
完全に忘れてしまったかのように。

そしてはじめて、自分の家ではない家を見てまわる。
柱の木目も見えないくらいもともと薄暗く、色がない。
僕がいた部屋からはどの部屋も見えない。
なんだか薄気味悪い、薄い切れ端がかかっているからだ。
人気がないのに、すえた人家の臭い。
他人には決して嗅がれたくないこびりついた臭い。

と、

またチャンネルが変ったように、どこかで音が聞こえる。
それも家には似つかわしくない音。。
4、5人程度ではない。
もっと、もっと、大人数で出す音。
部屋をでると、玄関の外にはまばゆい光が。
でも、日射しが強すぎてなんの輪郭も見えたりしない。
声のありかは外ではないあろうことか、家の中だ。

上だ。

すると、唐突に階段がそこにある。
たった今出現したように、そこにあり、その上には場末の酒場が
あり、ごったがえしている。
これはうるさいはずだ。
一番手前の席では知的なモデルといった風情の美女が佇み、
こちらを見やる。
と、首をきっかり60°傾けた時にゼンマイが切れたように

ジジジッ

と止まる。
美女には不釣り合いの角度だ。
それどころか、目の焦点は僕なんか見透かし、土星に合っているように
遥かを見ている。
それは決してロマンチックではなく、寒々しい絵だった。

と、本当に彼女はやや抽象的になり、額縁に収まった絵画となった。
それはやっぱり寒々しい絵画だった。
そこへ子供がふたり駆け寄ってきて、

「おっさん、トイレどこ?」と生意気が職業といわんばかりに
生真面目なほどの生意気さで聞いてくる。

僕は、なんにも考えず
「それなら、あっちさ」と指をさす。
そして、こう付け加える。

「でも、今はそのトイレにいかないほうがいい、危険だから」
と、もちろん僕自身トイレのありかなんて知る訳もない。

でも、訳はなくとも、それはそこにあるのだ。
そして、危険なのだ。
「わかった、じゃあな、おっさん!」と駆け去って行く二人。

その走り去った方向からすぐに悲鳴が聞こえる。
が、すぐに喧噪が勝ってしまう。

ああ、思い出した、危険じゃないトイレはこっちのトイレだ。
僕は尿意もないまま安全なトイレに駆け込む。
するとそこには
兄ではない兄がいた。
「おい、遊んでやるよ、ついてきな」とトイレを出る兄。
続いてトイレをでると、そそは一面すすきの原っぱだった。
緩やかな下りのスロープになっていて、僕らは転がるんじゃないかっていう
スピードで駆け下りる。
気付いたら、お互い片手にすすきを持ちながら。

ふと

「ああ、兄貴は死んでしまう。」
なんの前触れもなくそう頭の中に浮かぶ。
突如民族衣装に身を固めたインディオみたいな集団が兄に槍を投げつけた。
その1つが命中し、
兄貴はすすきよりもっと黄色い、いや、黄金の血を噴き出し絶命する。
その血の海から
黄金の狐が姿をあらわす。
狐はありえないほど綺麗な踊りを見せてくれた。
ふと気付くと、兄貴の亡がらは
木の切り株になっていて。
カラフルでデザインも申し分ないキノコが生えていた。

どこからともなく梵鐘が鳴る。
うまくは形容できなけれど、

その度に狐はきれいになってゆき、
その度に狐はちいちゃくなっていった。

そして、その度に確実に温度が下がった。
狐は綺麗だった。
官能を有に越えた美しさだった。
なにをどう刺激したらこんなに美しいと思うんだろうと。
震えながら気付くと
53回目の鐘が鳴り終わると同時に狐は小さくなりすぎて
そこからいなくなってしまった。

後に残ったのは53回分寒くなった大気と
かさかさの黄色をしたすすきと

行く道も
返す道も
見失った僕が残るだけだった。





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2008.07.06

不可思議




完璧な光というものがあるらしい。



完璧なのだ。



純粋であり。



それは起源とも呼ばれる。



それは光自身しかしらない。



僕らが浴している光と呼ばれるものは


光のカケラだ。


光の起源と、そう、呼ばれるものが全方位に投げかけた光の飛礫が。


大気と時に戦い
大気と時にじゃれあい



時間と遊び
時間と共に



そのカケラが僕に降り注ぐ。



僕はそれを光線とはとらえない。



光のカケラがとめどなく降り注ぐ、そう意識していたい。
これは誤謬を含む幼稚な表現だけれど
それは
光の雨のように。
僕の顔をぶつ。



降り積もった光のカケラが僕の周囲を、この部屋を明るくしている。


ふとそれに触れられそうな気がして、親近感を覚える。


手で掬うと、両の掌にやまもりになっているそんな錯覚を覚える。


耳をすませば、それが降ってくるそんな音が聞こえてきそうで。


それはすごくサラサラしている。
でも、砂みたいに靴のなかに紛れ込んだって不快じゃないし
じゃりじゃりしていない。



これまでに、地球上に何粒の飛礫が飛来したのだろう。



・・・



完璧な光というものがあるらしい。



それは暴かれることはない。



それは想像するしかない。



その想像の仕方は



あらん限りの世界を思う事。



世界のすみずみまで。



光が注ぎうるすべてを。



それは、



広さを思う事、高さを思う事、深さを思う事。



時間を思う事。



ああ、もう、想像の域をこえちゃうよ。



ああ、そうか、だからだ。



時の遥か彼方中国の元の時代から。



人は数の奥行きの一番最果てを無量大数といった。



そして、その一つ前を



「不可思議」という単位にした。



きっと、光を思ったに違いない。



世界のすべてを想像したに違いない。



これまでの世界を
これからの世界も



世界は不可思議で。



それは悲しいことではない。



個の矮小さを嘆くのではなく、世界の豊かさを誇れる意識だ。



そんな楽観がそんな単位を名付けることができた由来なんだ。



これからも世界に光のカケラは降り積もり



僕はずっと純粋な光を見る事はないだろう。



だけれど



僕はあなたに降り注ぐ光に感謝し



感謝した証とばかりに見とれるのだ。



光がかたどってくれた姿に
光が形作ってくれた世界に



感謝した証とばかりに見とれるのだ。



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