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2008.10.13

辺境の雨粒





下北沢の古本屋さんでギネスを飲みながら
本を物色。

『地球を抱いて眠る』駒沢敏器著をゲット。
そのお店の本棚、というか内装は檜でできていて、
さっき買ったその本を開いたら
檜の香りがふわーっと。

彼の出自を、流通して流れ着いて身を寄せていた
その場所を香りであらわすなんて。

この本の書き出しはこうだ。

 旅行作家のブルース・チャトウィンが最後に残した著書は、
 いつものように素晴らしい書き出しの文章で始まっている。
 「どうして僕はこんなところで、
       そしていったい何をしているのだろう」

 この呟きは、存在することじたいの哀しみを指し示している。
大航海時代なんて例にあげるまでもなく人間は外に内に辺境を求めてきた。
日常のカウンターカルチャーとしての辺境。
たしかにここにいるんだけど、消えることのない違和感。
たしかにここが自分の居場所なんだけど、消えることのないいわれなき不安。

異境、辺境、パラレルワールド、未来、過去、異惑星、多人格。。

僕らはいつでもトラベラーになり、色々な世界をのぞく。
そして、結局磁力に吸い付けられるように日常にもどる。

そんな違和感は強烈に根深く人間の根源に植え付けられていて
それは
神だとか悪魔なんてものまでも作り続けてきた。


雨が降っている。
いや、「降っている」というのは誤謬を含む表現だ。
雨粒のその輪郭までありありと見知ることができ
行列のように、その雨の奥行きまでがしっかりと知覚できる。

僕が地面に向かって視線を降ろせば、雨は「降っている」
僕が天に向かって視線を上げれば、雨は「昇っている」

だから誤謬といったのだ。

白いドレスを着た子供たちが踊っている。
足には大人用のウィングチップの黒いブーツを穿いている。
無音、無空のなかで
リズムは、彼らの輪郭だ。
彼らのエッジが強烈に見える子はいまアップテンポだ。
彼らのエッジがぼやけて見える子はスローなバラードだ。
彼らが踏んだステップで弾けた雨粒は、飛散して、細かい雨粒になり
消え入る。
僕らの世界は暗闇に近いほどのグリーンで
禍々しさと神聖さを併せ持っている。
彼らのダンスはバラバラで、シンメトリーだ。
雨のおかげて僕はずぶぬれだ。
ここにくるといつもそうだ。
でも、ここの雨はぬくい。
自分の体温よりは低いのだけれど、不快ではないし、
身体を動かさなければ数時間はそこに居れそうな温度でもある。
雨粒は360°その世界の全てを記憶して映し出す。
世界は雨粒分だけ存在し、雨粒が落ちるその瞬間瞬間増幅される。
僕のまわりの雨粒は僕をも映し出し、合わせ鏡のように
僕を増幅肥大させる。
世界が僕を映し出して、肌色や色々な混合色となって飽和して
僕はまたもとの世界にもどる。

僕がたまに見る辺境の世界。
僕は辺境を刻みたいが故にこんな日記を書いている。
今、手にとっているこの本も
「こんなところで」などと思っているのだろうか。
でも、檜を纏った君は幸せ者だよ。
そして僕もね。



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