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2009.01.13

魚の顎、フォーカスと熱量。





クライアントとbook246で待ち合わせ。
食指がうごく寸前に電話が鳴る。

ははは。

あともう10分ほど、自由な時間ができる。
とはいえ、仕事中って鎖があるとがっつりいけないわけで。

ブラウジングモード。

すると、いつもと違うピントになり、
焦点が違うものに合ってくる。

トランプとランプ。
トランプトランプ。

トランプを買う必然性はうなづけるが
トランプを買う偶然性ってあるのだろうか。

トランプを買う時ってどういうときだろう。

トランプの必要性ってトランプの不在が 基本にあり、
トランプそのものを熱烈に欲しがることってあるのだろうか。

壁に魚の写真と魚の詩が貼ってある。
とある人が魚の顎に憑かれたらしい。
魚の顎をパーツで分け、標本を集め
いろいろこねこねしたことを本にしたそうな。

蒐集。

それは結果を求めるわけでもなく、才能を問われるものでもない。

「それを集める理由は?」
って問いに答えられるヤツはいわゆる似非だ。

ちなみに
「それを集める理由は?」
って問いただすヤツはいわゆるなんもわかっていないってわけだ。

ほんまもんの蒐集は評価なんてできないんだよ。

なんて耽っていると待ち人来る。

撮影の現場に。

実際に体調の問題もあるが、まったくやる気がない。

作り出すものにも
過程にも

うまく火をおこせない自分がいて
そもそもすでに火をおこそうとしていないのに
フリをしてごまかしている。

蒐集の話と通じるところがあるのだが、
仕事は向き不向き
というよりは蒐集と同じ、心の熱量だと思う。

才能は過去のアウトプットという成果を物差しに未来を測る尺度の1つにすぎない。

向いている向いてないってのも効率の問題だ。

それらは契約の問題だ。
規定された期待される範囲内のアウトプットを保証するリソースだ。

才能がない
といわれようが
そんなことしたってなんの役にもたたねえ
といわれようが
やってしまう。
「それをやると労力は10倍だけれど、賃金は一緒」
といわれようが関係ない。
そういうものだ。
100年かかって取り憑かれて
振り向いてみたら
ガラクタばかりでも
笑って死ねるような熱量だ。
恋だってなんだって同じでしょうに。

撮影現場は変り、六本木ヒルズ、トウキョウタワーが絶景の
青山の屋上のレストラン。

プールがブルーにライトアップされていて、
人工雪がさりげなく降っている。

こういうところもいいかもなあ

とふと思って
笑ってしまう。

なぜならば、今の自分の姿がそこにまったく似合っていなかった
からだ。

自嘲ではない。
いいかもなあ
と思っても
どこかでそう思っていたとしても
僕は
それに似合う努力を敢えてする熱量を持ち合わせていなかったのだ。
と気付いたからだ。

羨望には
適切な距離感と、適切な熱量でいいのだと。

撮影後
そこで食事をしようとクライアントに言われるが
体調を理由に辞退した。

どうでもよかった。

ふとセックスがしたい、と思ってみたが。
そうでもないことは先刻承知だった。

どうも仕事のやる気がしない。
こういうときは、仕事を自分から切り離して
自分を会社でくくってみる。

熱量を逆にゼロにする。
余計なことを考えないで
仕事をパーツで分け、それを組み立てることだけを考える。
遂行する。

それだけだ。

咳がだんだんひどくなる。
こうやっていじわるをされないと
僕は気管支なんてもんに関心を抱いてやれない。

ジャネット・ウィンターソンを読む。
詩という糸でこんな物語を紡げるその熱量と
物語の冷気にあてられる。

ふとセックスがしたい、と思ってみたが。
ふと1人で思ったときには
必ず自分1人しかそこにいない。

ふとセックスがしたい、と思ってみたが。
相手の顔が思いつかない。

暖かい甘いカフェオレが飲みたい、と思ってみると。
そこには暖かいカフェオレに通じる道ができるものだ。

ねえ、お話をしてよ、ピュー。

さあ、膝を抱えて震えながら眠ろう。





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