イルミネーション
都市近郊の工場の食堂から
窓の外をながめる。
どんよりとした曇り空だ。
窓の縁には電線がちらりと
パーティの後の使い道のない飾りのように垂れ下がり
ガラスは埃と、ぞうきんがけの後の拭きムラで
その先の風景を廃墟のように映し出す。
不意に従業員用のカップラーメンの自動販売機が
ゴウン
と音を立てる。
遠くの駅を新幹線が通り過ぎる。
新幹線はその駅にはとまらなかったはずなのに
新幹線に連れ去られたように
ホームに動くものはなにもない。
駅周辺のスーパーかなにかのイルミネーション以外
すべてが曇っている。
イルミネーションはその店のもの1つしかなく
いくら高速で点滅を繰り返し、明滅で文字を大きく象っても
単調さと寂しさしか表現できないでいた。
この風景のどこかしらで
性的暴行が行われてようと
小学校の放課後の探検隊がその土地の所有権を主張してようと
どちらもお似合いのように思えた。
ふと
河川に続く長いなだらかな上り坂に人影がみえる。
老夫婦だ。
夫が座る車いすを妻が一生懸命押している。
坂の途中で力つきたらきっとコントのように車いすは
この風景に似つかわしくない躍動感をもって疾走をはじめるだろう。
妻のほうの荒い息づかいが聞こえてくるようだった。
足下はつっかけでなぜ、こんな散歩のルートを選んだのか不思議になった。
坂の半ばで目的地についたかのように車いすは止まった。
夫が遠くを指差している。
妻がそれに相づちをうつ。
その指の先には
河の向こうに建設中の高層マンションがあった。
もしかしたらここでその建物が出来ていく様を観察するのが日課なのかも
しれない。
草木を育てるよりいいかもしれない。
草木だったら枯らしてしまうことだってありえる。
あのくらいの年になったら枯らしてしまった草木の代わりをもう一回
育てるってどんなかんじなのだろう。
それよりはいいのかもしれない。
河の向こうの別世界の自分たちが住むこともない建築物を見る方が。
そんな思考から
携帯がなりつかの間の日常にもどされてゆく。
電話が終わり、喫煙所で一服し終わって、また食堂にかえると
窓の外は寂しいイルミネーションを残して
みないなくなり真っ暗になっていた。
強姦の現場からは加害者被害者ともに去り
あれだけはしゃいでいた探検者もいまごろ家についたろうか。
あの夫婦はどうしたろう。
僕はあの二人の足取りに体のいい物語を付け加えることができずに
一人食堂に取り残されていた。
| 固定リンク
| コメント (1)
| トラックバック (0)