2012.05.16

写実:サラエボ墓地の雪

16

雪が大地を覆う中


墓標は佇む。


まるで、いたずらをして廊下に立たされた少年のように
いたずらの時の快活さはとうに忘れてしまった背中のようだ。


墓標は主張している。
名前やら
生を刻んでいた時間やらを。


いつも墓標をたてる時、
なぜだろうね
他の墓標は風景となる。

はっきり境界を作って
風景となった他の墓標を消し去る努力を、人はするのだ。


自分たちの葬った人以外
かまってられない。


きりがないのだ。


そうやって差別をして、
あたりまえのように僕らは祈るものと祈らないものを作り上げる。


雪が大地を覆う。


土地の区分けが見えなくなり
ランダムに墓標が佇んでいるように見える。


すると


僕らが区分けた境界などなくなり
意識は土の中へ。


僕らの愛した人も
誰かの愛した人も


土の中で分解され
境がなくなる。


名前も、皮膚も、背景もなく
等しくつちくれと化す。


故人を窮屈な区分けの中に押し込めているものは
僕らの勝手な通念でしかない。
彼らはとうに、ほら、自由だ。
解放され、どこまでも。

雪はそのうち沁み入る。



僕らの愛した人だった
誰かの愛した人だった
大地へと
分け隔てなく。

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2012.05.15

写実:バルセロナの海岸

15

波はしぶきをあげ、真白の塊となって砂浜に打ち寄せていた。
その度に砂浜から砂を持ち去り、やわらかいすり鉢を作り上げていた。
その波の軌跡は
影のように、さまざまな違う漆黒な波形を砂浜に残している。
そして、もう何波続いているかなんかわからないように
波打ち際は黒く塗りつぶされていた。

その先には釣り竿が二本たててあったが、
その主は家族との会話に参加していて、火にかけた鍋を忘れてしまうように、
彼の背は海と竿を向き、
でっぷりと肥えた腹はその妻と子供に向けられていた。

時は夕暮れ。
車のライトはまだ道をちぐはぐに彩っているにすぎなかった。
スタジアムのライトも未だ使われていない。

そろそろ釣りには仕舞な時間だ。
釣果はあがったのだろうか。
そもそも期待などしていないのか。
釣果があればすでに立ち去ってもいいころあいなはずだ。

彼らのほど近くに一羽の鳥が砂浜に佇んでいる。
誰からも安心な距離感。
外敵がきたらいつでも飛び立てるといった緊張感から解放されるぐらい
誰もいない砂浜は広い。
視る側は鳥から同心円を想像し、鳥のまわりを彩る単一の狐色の砂に安心感を感じる。

さらに後方、均一な距離間隔でゴミ箱と見張り台が設置されているが
どちらも使われていないほどあるべき中身が見あたらなかった。

この寂しさは時間のせいか季節のせいか
はたまたそのどちらもか、
寂しく思うのは自分のせいか、この風景の寂しさが僕に作用したのか、
そのどちらもか、知る由もなかった。

空には形のない雲が覆っていて
垂直ではなく水平を、海と同じく主張していた。


雲の起源
海の起源
空の起源
風の起源


世界中色んな地方でそれを知るものが神だという神話があるという。
なるほど、人間は昔は分相応ってもんをわかっていたのだ。

海の中から頭がいくつか出ている。
入り始めのはしゃぐ姿はとうにすぎ、
かといって、出るのも億劫だ。
名残り惜しいというセンチメンタルというよりも、
波にただただ揺られている。
「あいつが帰ろうといったら帰るのに」
全員が全員そう思ってそうな夕暮れだ。

向こうでは、母親が声をかけ、
まってましたとばかり、大急ぎで走って海を出る影が見える。

海に浮かぶ頭の揺れがいっせいに止まる。


ああ、夕方の終わりがすぐそこまできている。

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