これははっきりコメディです。
現代アメリカの闇に光を当てた!とか堅苦しくし言ったって、
闇に光を当てた時点で闇は光のないところに逃げてしまって
その姿なんてとらえることができないのだから。
まるで、夜の公園で青姦の最中に巡査にライトを
当てられたようなあられのない赤裸々さがそこに見事に
描かれてます。
登場人物は
それぞれの自分のまわりの人物から強い抑圧を受けています。
それは顕在化していることもあるし、潜在化していることもある。
ポイントは
「誰が悪い!と震源を特定できないこと」
つまり、それが社会の暗部なんて言われるところです。
登場人物が直面する問題は
その震源のなさによって
「ああいえば、こういう」という負の連鎖につながっています。
オブセッションは震源がわからないまま
ただただそのもの自体の増幅装置としてのみ作用して
どんどんそれぞれを極端なところへ連れて行く。
出てくる人々は物語が始まって、終わるまで
実はその性質はあたりまえだけれどこれっぽっちも変わっていない。
なにかの啓示を受けたり、悟りを得るなんてことはない。
ふとしたオブセッションから外れたところから
ぽっと外れた奴は、素直な良性をかりそめに得る事ができただろうし
それがふれあえばきっといいこともある。
ただ、そんな境地に皆が一斉に立てるわけがない。
そんな予感がラストを暗示しています。
人間の良性は
その人の性質
と
その人の見る事のできるレベル
によって形成されているのだ。
性根が悪い人でも、良性を発揮できるのではないか
と客観的にシニカルに笑いながら見る事のできる作品。
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