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2006年11月28日 (火)

『日本の家 空間・記憶・言葉』 中川武 著

「日本の伝統住宅には場、部位、しつらい、境界、素材にまつわる、多様
な用語や言葉があった。」という。

ある空間をなにか意味のある場ととらえ、そこにある形式に則りしつらう。
そこにはその場と、そこに住まう人々の強力な、密接な関係がみてとれる。

リビング、ダイニング、キッチン。

僕らの住まいはそのように分類されていることが多い。
その要素が簡略化されるということは、生活に対する意識が、美しい所作を
忘れるに等しい。

上記の場を自分で持つには財力が必要だ。

だけど財力を持つ前にその心は受け継ぐことができる、本書はそのとっかか
りとしては最適である。

 

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2006年11月26日 (日)

TOMORROWLAND (トゥモローランド)レザーダウンジャケット









そもそも細身のシルエットなのに加え
レザーが程よい肉圧をだしつつも、ダウンのぼってりした印象を相殺し
野暮ったさをなくし、シャープな印象を出しています。

*11/25現在 在庫僅少になっています。

::TOMORROWLAND (トゥモローランド)::

00006_1

設立 :1978年
国  :日本
特徴 :TOMORROWLANDをメインブランドとしたセレクトショップを展開。
    TOMORROWLANDBALLSEYEDITION等のブランドを有し、国内
    外問わずセレクトしたアイテムを販売。

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2006年11月25日 (土)

Knoll(ノール)Side Chair&Arm Chair













Knoll(ノール)Side Chair&Arm Chair

ポリエステル塗装仕上の成型FRPからなるシェルは一見陶器の
ような光沢を有しポップとスタイリッシュを両立させている。

決して冷たくなく、野暮でももちろんない。

これがミッドセンチュリーの魅力なのかもしれない。

::Knoll(ノール)::

Knoll_logo_2

国 :アメリカ
特徴:ナチから逃れたバウハウスの意志とその活動とその制作をアメリカで再び
   開花させたのがこのノール。
   例えば、バウハウス最後の校長でもあるミース・ファン・デル・ローエ
   ミースのバルセロナチェアーの実現させたのもこのノールでした。
   その制作物とその活動は今なお色褪せる事はない。

 

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Electrolux(エレクトロラックス)遠赤外線ヒーター「EPH612」









エレクトロラックス遠赤外線ヒーター
熱風の吹かない暖房器具のよさはなんといっても

・乾燥し、肌を荒らす心配がない
・排気がないため空気を汚す事がない

換気も気にせず、常に一定の温度を保つ。
しかも、白が貴重のデザインは壁になじみ、部屋をすっきりさせ、
暖房器具を置くストレスを軽減してくれます。

人やさしく吸収率の高い遠赤外線を発生
エレクトロラックスの遠赤外線パネルヒーターは、
発熱体から放出される熱をマイカ(雲母)素材が吸収し、
人の体に最もなじみやすい6〜8ミクロンの波長の遠赤外線に変換。
人が発する「生育光線」と同じ波長のため、素早く皮下組織に浸透
し、体の心から暖めます。

::Electrolux(エレクトロラックス)::

4003_1

設立:1975年(日本法人)
国 :スウェーデン
特徴:家電機器や業務用の厨房機器/冷蔵機器/洗濯乾燥機器、さらにアウトドア
   関連機器などさまざまな分野において事業展開しているグローバルな機器 
   メーカー。
   日本ではOEM展開でも有名だが、最近ではそのデザイン性も好評をはくし、
   欧米のデザイン家電としてのブランド認知も進んでいる。

 

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2006年11月23日 (木)

Louis Vuitton x Olafur Eliasson

Eyeseeyou

2006年クリスマスのLouis Vuitton(ルイ・ヴィトン)のショーウィンドウは
全世界でOlafur Eliasson(オラファ−・エリアソン)によって作成されます。

"EYE SEE YOU"と冠されたディスプレー群はウィンドウ越しに見る商品と、
さらに自分とで作られる一種のアートといって趣き。

オラファ−・エリアソンの作り出す "eye" は熱を帯び、その瞳は無視する事
はかなわないでしょう。

ルイ・ヴィトンはクリスマス商戦に血眼になる必要もない磐石な基盤、ブランド
がある。
商品を全面に、「買って!買って!」と息巻かなくてもいいのだ。

そんなブランドだから、今回のようにアートを汚すことなく、ビジネスと結びつ
けることができたのだろう。

:::Olafur Eliasson(オラファ−・エリアソン):::
1967年デンマーク生まれ
コペンハーゲン王立芸術アカデミー後、2003年ヴェネチア・ビエンナーレでは
デンマーク代表として活躍。

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2006年11月22日 (水)

トリックスターのいない夜に

僕は「トリックスター」に憧れている。

トリックスター」とは
例えば、アメリカ先住民の神話に頻繁に登場するコヨーテなんてのが
代表的な神話の登場人物のことである。

トリックスターは通常の論理では分離されている対立的な項を、
矛盾をおそれることなく結びあわせてしまうために、まことに
トリッキーな行動をする。

このコヨーテの場合だと、もともとが死肉、腐肉を食べる習慣を
もっているために、

生と死という通常の生活の場では分離されている二つの領域を、
自在に行ったり来たりできると考えられていた。

その此岸と彼岸を行き来できるそんな孤高に僕は憧れているのだ。
此岸、今の社会の秩序を全てだと盲信し、それに縛られ絞られる
だけではなく、
此岸に自分の生が、生活があるのを忘れ彼岸に逃げ込むのでもない。
とらわれず、一見矛盾しているものもつなぎ合わせてしまえる、
そんなタネもわからないようなトリックを使えるようになりたいのだ。

さて、「トリックスター」について中沢新一さんが
著書『芸術人類学』のなかで白眉な文章を書いているので、
少々長いが引用させてもらう。

 ふつうの思考では、トリックスター的なものはなかなか表面に
 出てこないようにしている。
 生と死のようにお互いが分離された論理項を論理的矛盾をおか
 さないように組み合わせることによって、「正常な思考」がお
 こなわれなければならないからである。
 ところが、トリックスターが登場してきたとたんに、事態は一
 変する。
 そのとき、それまで思考の表面にあらわれてこなかった対称性
 の知性が浮上して、人々は自分たちをとりまく世界の意味をバ
 イロジックによって思考しはじめるからだ。
 
 合理的な判断をそのつど要求される昼間の活動では、人々の心
 にバイロジックが作動し出すのは危険なことである(狩猟の現
 場では、人間はあくまでも熊の潜在的な敵なのである)。
 ところが、夜になって仕事も終わり、外敵の危険から守れれて
 いる火のまわりに人々が集まっているときには、彼らの心の内
 部でむくむくと対称性の知性が立ち上がってくることが許される。
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 トリックスターはこのようにバイロジックの活動を呼び起こす
 メディエータ−なのである。
 秩序をひっかきまわしてカオスを導き入れるとか、こわばった
 状況を揺り動かすなどと語られるトリックスターの属性は、心
 の内部でおこるこのバイロジックの呼び覚ましがもたらす事態
 の二次的表現にすぎないのではないだろうか。
 トリックスターは善悪の彼岸にいる。
 それはバイロジックによって思考するときの人の心が、社会が
 認める善悪の判断など越えたものごとの真理に触れようとして
 いるからなのだと思う。
 つまり、バイロジック思考の全域でうごめいている
 「矛盾=ねじれ」を集約して、それを神話の登場人物としての
 姿をあたえれば、それがトリックスターなのである。

つまり、僕らは昼間仕事なんかをしているときは「正常な思考」を
もとになにかを判断し決定し、循環するという100%此岸にいる立場
をとる。

上記に記されているように、
例えば、昼間の仕事中(狩猟中)に熊に神話的要素なんかを
加味しちゃったらがぶっ!とやられてしまう。

例えば、火事が発生した現場で、火に彼岸を見て、対話なんかを
始めてしまったら延焼はなはだしく、もし、彼が消防士であれば、
職を失うし、当の本人だったら家財道具、へたすると命をも失う
こととなってしまう。

だけど、その循環からはずれる、アフター5(って今言うのかな?)
には彼岸との行き来が本来は許されているはずなのである。
だれでもトリックスターになれるし、もしくは、トリックスター
従えて彼岸に行く事ができるはずなのである。

そういう意味では僕らは今、どんどん、そのトリックスター的な要素を
失っているのではないだろうか。

残業を繰り返し、此岸の中で、此岸しか見えていない。

そこから見えるもののみを真理とし、有為とし生を全うする。

それは一種の原理主義だ。

僕はそこに違和感を感じる。

だって、今僕のいるここは全能ではないと思っているからだ。
完璧ではないと思うからだ。
この閉塞感あふれる世の中に風穴をあけるうるのは、
ここでしか通用しない、ここで生まれた真理だけなのだろうか。

僕はこのトリックスターのいなくなった夜にそんなことを思う。

トリックスターが飄々となににもとらわれず、
この社会を軽快に駆け抜けていく姿を想像しながら。

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2006年11月18日 (土)

PREMIATA WHITE WORK BOOTS









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表面の白い革が

使い込まれて焼けていくのをソールのゴムが待っている。

ソールのゴムがワークブーツとしての機能の耐久性を保持
するのと同時に使い込まれて白が汚れてしまってもその価
値を下げないようなデザインの機能の耐久性をも司ってい
る。

::PREMIATA(プレミアータ)::

Premiata_2

創業   :1885年
国    :イタリア
特徴   :PREMIATAの中でも、この“PREMIATA WHITE”はそのスポーツラインとして、
      デザイナーにキャロル・クリスチャン・ポエル冠し出航。
      歴史ある職人の技と気鋭のデザインの融合を果たす。

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2006年11月 3日 (金)

皮と革、天然と人工

どちらも「革」という文字に包まれている。

だけど、今こうやってキーボードで「かわ」と打つと「革」とでる人、
「皮」とでる人いるだろう。

その差は何なのだろうか。

このサイトで紹介するものがお世話になっているのは「革」の方である。

これら2つは別なものというより、同じものでプロセス違いというほう
が適切だ。

「皮」とは動物から、それらを覆っているものを剥いだ生のものを指す。
「革」とはその「皮」を人の手で鞣したものを指す。

    ※鞣す:動物の皮から皮下組織などを除いてから、
        クロムなめし剤・植物タンニンなめし剤などで処理し、
        皮を構成するタンパク質の腐敗を防ぎ、
        耐水性・耐熱性・耐磨耗性を与える。

そして鞣し業者のことを「タンナー」と呼ぶ。

そのタンナーの台頭と別個で身近になってきたのが合皮、つまり人工の
皮である。

動物からとった本皮は
形が一定ではなく、取れ都合が悪いといった不経済な短所もあるが
(これが意外にもコスト高要因に。。)
もともと凹凸の激しい動物を包んでいたこともあり加工適性がある、丈夫
であるという長所がある。

人の手による合皮は
形が一定であり、経済的である、高級なものには付加価値として独特の表現
のものがあるといった長所に対し、天然にはやはり加工適性がない(折れに
弱い、割れる等)ことが挙げられる。
(ただし、これはピンキリ。高級なものは技術も進みクオリティはあがって
きている)


この両方の隆盛は

人間の

ファッションと伝統という矛盾するもの両者ともに愛でてしまう性質を端的
にあらわしている、と言えるだろう。

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